◆ 今 月 の 一 句 ◆    2003.11月

                                                                                            大 井 恒 行 

し づ か に 

     し づ か に  

耳 朶 色 の 

怒 り の 花 よ                                   高 柳 重 信  



 この句を思い起こすときは、佐佐木幸綱の「傷が輝くという嘘いつわりの美しさ別れし日より慰めとする」という短歌と共に、含羞を込めて思い出さずにはいられない。二十歳を少し出たばかりの、言わば青春期のことで、今や、すべてが朧げな記憶の淵に沈み込もうとしている。ただ、何度も口ずさんだことだけは覚えている。あきらかに私的な女性への不信の怒りにはちがいなかった。
 しかし、この句の成立の背景は、そうした個人的なところにはない。それは重信が、多行俳句を推進し、彼のは俳句ではないという俳壇の轟々たる非難と、さらには戦後の、社会性俳句、いわゆる前衛俳句が席巻する渦中で、重信のみは、そうした時流の、晴朗な戦後精神を撃ちながら、燃えるような熱い炎ではなく、氷りのような冷たい炎で、それらを焼き尽くそうとしていたのは確かなことである。それがシズカニ、シズカニというリフレインになっているのだ。そしてまた、象徴主義こそは現実の上に咲く花だと考えた詩人・大手拓次の「薔薇連祷」の「肉色の薔薇の花」、「耳朶色の薔薇の花」からの影響を見逃すわけにもいかないだろう。 いずれにしても、高柳重信こそは、師系をもたない私に、最も大きな影響を与えた俳人の一人であることを告白して置きたいと思う。  
      1923〜83年、享年60。東京市小石川区生まれ。『黒彌撒』所収。

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