◆ 今 月 の 一 句 ◆    2005.1月

                                                          大 井 恒 行 


 炭 斗 や 國 の 傾 き あ り あ り と  

                                           田 中 裕 明 


 暮れも押し迫った30日、勤務先に電話で田中裕明死すの報を受けた。なぜ?と思った。若すぎる死だ。45歳。白血病で入院していたらしいが、翌日の朝刊死亡欄は肺炎で死去とあった。いわゆる伝統派の俳人のなかでは、僕がもっとも注目していた俳人であり、其の作品は信頼に足るものだった。会ったのは2度か、3度か、それでも少し太めの体に芒洋とした感じと、誠実な人柄がうかがえた。現代俳句は、先に攝津幸彦を失い、今また田中裕明を失った。痛恨の極みである。
 掲出の句「炭斗」は「すみとり」と読ませる。現在ではあまり見ないが、火鉢につぎたす炭を小出しにしておく、多くは持ち手のついた入れ物だ。「斗」は量をはかる升を意味する入れ物である。まあ、柄杓のようなものと思えばよい。下の句「國の傾きありありと」が作者の感懐だが、花鳥諷詠のみではなく、彼の写生の瞳のなかには、他にも「梨むく雫や春秋に義戦なし」「末枯れて國のためとは誰も言わぬ」「あそびをり人類
以後も鳴く亀と」などの句もある。また、田中裕明の師・波多野爽波に「炭斗と固く絞りし雑巾と」の句もある。
 第五句集『夜の客人』が僕の手元に届いたのは1月1日、「新しき年の始の初春の今日降る雪のいや重け吉事」大伴家持の引用歌と共に、「年の初めに皆様のご多幸をお祈り申し上げます」と年賀の挨拶が、夫人森賀まり氏と連名で書かれてあった。無念いやますばかりである。同句集中、絶唱は「空へゆく階段のなし稲の花」。合掌。
         1959年大阪市生まれ。『夜の客人』(2005年1月刊)所収

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