◆ 今 月 の 一 句 ◆ 2004.2月
大 井 恒 行
戦 あ る か と 幼 な 言 葉 の 息 白 し
佐 藤 鬼 房
鬼房(おにふさ)は、6歳で父に死別し、高等小学校卒業後(14歳)、すぐに働き始めた。昭和10年、句誌「句と評論」に投句。十代の作品に「枯原の鉄材に日が倒れゆく」「職むなしく夜景に追われ寝まるかな」がある。
掲句は、昭和30年代、社会性俳句運動盛んなりしころの作品。季語は「息白し」で冬。自分の子供か、他人の子供か、いずれにしても、物心のついたかつかない年頃の子供が、「戦争をしてるの?」と訊ねたのであろう。或いは、もっと稚拙な言葉で問うたのかもしれない。その子供の息が寒気で煙りのように白かったのだ。「幼な言葉の息白し」いう中七・下五の措辞は、上句の字余り(七音)を受けて絶妙というほかはない。
実際、鬼房は昭和15年に入隊し、朝鮮、中国、南方の戦線に従軍、スンバワ島で終戦を迎え、虜囚となった。「捕虜吾に牛の交るは暑くるし」。
敗戦による飢えと貧困、それでも、意志を強くして生きねばならなかった。その象徴としての切株と斧、それも愚直な斧という精神をもって。「切り株があり愚直の斧が有り」、しかし、再び隣国朝鮮は、戦火に見舞われる。「戦火やまずいつわりなきは嬰児の便」。嬰児の便とは生命の営みのこと、こうした生理を詠んで鬼房は、常に生身の感覚を大事にした。「夏草に糞まるここに家たてんか」。
最近、娘さん(山田美穂)の手で、鬼房最晩年の数カ月の句業をまとめた遺稿句集『幻夢』(紅書房)が刊行された。「混沌と生き痩畑を耕せり」「翅を欠き大いなる死へ急ぐ蟻」。
大正八年岩手県釜石生まれ、享年83。『夜の崖』(昭34)所収。