大井恒行の読む8月の一句

陽をあびてみな増産の鍬をふる

        銚子市 初六 小林喜代子

 

 昭和16年から昭和22年3月まで、「小国民新聞」という小学生向けの新聞が発行されていた(現在の「毎日小学生新聞」の前身)。初六とあるのは、当時、国民学校初等科六年生のことである。戦後すぐには、まだ、現行の六・六・三制の学校制度になってはいない。国民学校初等科(6年間)の後に国民学校高等科(2年間)、もしくは、中学(4年間)に進学したのである。それも、少数の進学であったという。敗戦によって焼け野原になってなお、復興のために労働に従事している姿を描きだしている。それは、敗戦直後の復興のスローガンのひとつの象徴として、連合国側からの食糧援助とともに「食糧増産」が進められていたからでもある。子供であるがゆえに、様々な困難な事態にも、まだ、はるかに希望の方が上回っている。

そんな中にも「兄は今いづこで夏の月を見る」(新潟県 高2 古沢 公)、戦争で別れ別れになった兄の事を詠み、また、戦死した父を詠んだ「父戦死ことしの冬の寒さかな」(新潟県 初六 大泉敬介)、米軍占領下にありながら、あこがれのジープを詠んだ「夕晴やジープに叫ぶグッドバイ」(埼玉県 高一 武藤芳郎)。これらのことをけなげに詠んだ少年少女も、その後の困難を克服して生きていれば、高齢者の域に達しているはずである。そうして、いま、今後の世界や日本をどのように考えているのだろうか。

「小国民」とは、ナチス党内の青少年組織(ヒトラーユーゲント)の〈Jungvolk〉の訳語で、国家が国民としての意識を高めようとして考案した肩書きであるらしい。

「俳句界」2008年8月号所収(「小国民の戦後俳句」土肥あき子より)。

トップページ/目次/サイトマップ/労働相談ページ