大井恒行の読む11月の一句

天上に増えて昭和の「戦傷(きず)痕」

                望月雅久

 

 作者・望月雅久と僕は同年生まれだから、団塊世代ど真ん中である。生まれた日は、僕と違って、4月8日というから、これはご存知、釈迦の生まれた日と同日である。釈迦の生まれ変わりかも知れないのだ。世間では、当日は花祭、花で飾った釈迦を据えて、参詣人が甘茶を注ぐ習慣がある。つまり、甘茶仏。事実、望月雅久に会うと、優しそうな、微笑みに仏の面影がないわけではない。

 ともあれ、掲出の句は、彼の師であった鈴木六林男を悼んだものである。戦争の世紀であった昭和、師は「戦争と愛」ということにこだわり続けた。六林男の体内には戦傷による鉄の破片が残されていた。生前、時々は疼くであろうその戦傷(きず)をさすりながら、杯でビールをチビリと飲んでいた六林男を思い出す。昭和17年、その前線の作に「夕焼けへ墓標をたてもう汗でない」の句の自解で「一日の終わりの、最後に残った仕事はいつも決まっている」「疲れ果て、汗も出なくなった人間と、明日からはもう汗を出さなくていい戦死者の墓標を夕日が照らす」と記した。

掲出の句は、師・六林男の名句「天上も淋しからんに燕子花(かきつばた)」を踏まえて、師の体内に残された傷痕と、同時に、昭和という時代の負の部分を描き出した秀句。他にも戦後を批評的に詠んだ「叛旗なしそれからもなし夕芒」「折紙の鶴になる頃汚れけり」「敗戦日昨日と同じ駅に佇ち」などがある。

1948年静岡県生まれ。『辺縁へ』まろうど社(07年10月刊)所収。

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