◆ 今 月 の 一 句 ◆    2005.6月

                                                          大 井 恒 行 


キ ャ ン パ ス は 不 戦 の 緋 文 字 梅 雨 な が き 


                                                         城 貴 代 美 

 句の製作時期は70年安保闘争時であろう。確かに大学のキャンパスはどこでも立て看に反戦の文字が溢れていた時代だ。ただ、「不戦の緋文字」だから少し含みがあろう。「反戦」と叫びながら、実は闘いを好み、抗争を繰り返していた多くの党派があった。そうしたことも含めて積極的に闘いをしない、言わば無抵抗主義。どちらにしても「梅雨ながき」に作者の憂鬱さが表れている。 
 城貴代美はつい最近第二句集『祇園曼陀羅』(’05年5月刊)を上梓した。作家で連歌をよくする高城修三は「城貴代美は祇園の闇の底で恋と酒の無頼な生活におぼれて数知れぬ浮名を流しながらも、粋な和装の帯に句帳を挟むことを忘れなかった」と跋に記している。
 僕に個人的な思いがあるとすれば、僕が京都で過ごした十八歳からの三年間、かつて城貴代美の夫君であった、さとう野火と共に、俳句のことだけでなく、野火宅に泊めてもらったり、食べさせてもらったり、一宿一飯ならぬ恩義がある。
 ともあれ、第一句集には、掲出の句のほかに「眠る合歓の木空へ逃げたいオームの眸」「炎天の裸婦像白き胸反らす」など若い抒情に溢れた句も多い。ただ、城貴代美の喧伝された句の多くは性愛を表現した、いわゆる女のエロスに関わる「男の首抱え揺さぶる冬の竹」「手袋の先まで夜の媚薬つめ」「花筵われは尻尾のなきけもの」「逢いたくて二月の廊下踏み鳴らす」などの作品である。当然ながら、年月とともに人生の幾多の波を越えて句の表情は深化している。「天界を降りしきるもの竹落葉」「始祖鳥の百の目を埋め枯世界」。
          1946年三重県生まれ。『曼陀羅撩乱』(’77年刊)所収。




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