今 月 の 一 句 ◆ 2005.10月
大 井 恒 行
出 会 ひ の 握 力 別 れ の 握 力 秋 始 ま る
今 井 聖
握手でもしている光景を思い浮かべてもらえば好いと思う。懐かしい人や、めったにあえなかった人に会ったときは、やぁやぁと言いながら手を握り合う。あるいは、当分会えない人には、またな、と言って握手をして別れる。そして手を振るかも知れない。
長い間会えなかった人、とりわけ友人には、「手をあげて此世の友は来りけり」三橋敏雄という感じを伴うかも知れない。そして、秋が始まるのだ。実りの秋とも言うが、夏が立ち去ろうとする気配には、どこか淋しさの訪れもある。さまざまな出会いと別れに際して、手を握り合ったときのそれぞれの握力を思う。それぞれの力の強さも感触もみんな違う。それぞれに思い出もある。出会いと別れ、季節は秋こそ相応しい気がする。
それが人生のひとつの光景だ。僕には今井聖という俳人は、俳句の形式と言葉に対して、時に無理やり、自分の思いをねじ込んでいく力業の作家であるという気がしている。
とは言いながら「やはらかき母にぶつかる蚊帳の中」(句集『谷間の家具』)のように、胸が熱くなるような、泣かせる句もあるから、つい読まされてしまうのだ。現在、主宰誌「街」に「極私的俳句四十年史」を連載中。ちょうど1970年代にさしかかって、今井聖自身がそういう激動の時代の波をもろに被っているばかりでなく、渦中にいたことがわかる。「球場に万の空席初燕」「林彪の写真露店に百日紅」。
1950年新潟県生まれ。「街」(’05年10月,NO.55)所収。