◆ 今 月 の 一 句 ◆    2005.8月

                                                          大 井 恒 行 


 泉 あ り ピ カ ド ン を 子 に 説 明 す 
                                                                       
                                                          池 田 澄 子 

 季語は「泉」で夏。思えば8月6日は広島に原子爆弾が落とされた日、いわゆる原爆
忌である。旧暦に従う考え方の季語集による俳句では、広島の原爆忌は夏で、9日の長
崎の原爆忌は秋ということになっている。暦の上では7日が立秋だからという訳だが、
常識的な感覚、実感としてはいずれも夏であろう。       
 ともかく、原子爆弾のことをピカドンと言って庶民は恐れた。すべては一瞬にして焼
け、、真夏にも関わらず、夜は寒さに震えたと言う。放射能による汚染は50年は草木
も生えないと噂された。俳人の相原左義長(さぎちょう)は、被爆した直後の広島駅で
立ったままの多くの焼けただれた人間の柱を見たと言い、自身は被爆手帳を受け取らず
に、60年後の現在も、その被爆の記憶と闘い続けているとも言う。その原子爆弾のこ
とを子供たちに、「なあに?」と聞かれたのだろう。あるいは何かのおりに子供たち(
孫かも知れないが)に如何に理不尽な大量殺戮であったか、地球に生存するすべてのも
のが絶滅する危険をもった核兵器であるかを説明する機会があったのだろう。最後のフ
レーズは「説明す」ではあるが、心情としてはいかに説明しても説明しきれないことを
示してもいる。たまたまそばに泉がある。清冽な水がこんこんと湧き出ているといった
光景だろう。
 掲句の入った『たましいの話』の後書きに「万象の中で人間がどういう存在なのかを
、俳句を書くことで知っていきたい」と池田澄子は記している。他の句に「人類の旬の
土偶よおっぱいよ」「前ヘススメ前ヘススミテ還ラザル」「先生の逝去は一度夏百夜」

  1936年鎌倉市生まれ。『たましいの話』(’05年7月)所収。

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