◆ 今 月 の 一 句 ◆ 2003.12月
大 井 恒 行
多 喜 二 忌 や 口 絵 写 真 の 細 き 顔 妹 尾 健
小林多喜二は昭和8年2月20日、東京築地署で特高の拷問によって虐殺された。従って忌日は2月20日。オホーツク海蟹工船の苛酷な労働条件に苦しむ労働者が、文字通り集団として闘争に立ち上がる様を描いた小説『蟹工船』(昭和4年)は、プロレタリア文学の可能性を拓いたとされ、翌昭和5年には新築地劇団によって帝国劇場で初演された。享年30であった。その多喜二の本の肖像写真、たぶん全集の口絵の写真の顔が痩せていたのだろう。
妹尾健はいかにも実直な教員風で、評論集『俳句との遭遇』『詩美と詩魂』には、現代ではあまり顧みられることのない上方の俳壇、つまり、近代京都の俳句史を、原資料に当たって掘り起こした労作が含まれている。僕と同世代の俳人にしてはめずらしく、キチンと書くタイプで、その句も花鳥諷詠ではなく、作者の実生活の有り様が伺われる
、いわば遅れて来た人間探求派のような句作りである。妹尾健は、時代のなかに漂いながら生活し、呻吟する身近な手触りの感受をこそ、手掛かりにして地道に表現行為をなそうとしているのだ。「子よ父も口惜しき日あり鰯雲」「敵とする人のやさしき年賀状」「遺影あり軍裝あつくなほ解かず」「帰還なき伯父の『炎晝』今も読む」「冬銀河激せば黙すわが性よ」。 昭和23(1948)年兵庫県生まれ。『綴喜野』(2000年刊)所収。